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JR東海のキハ40系 -歴史編-

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当書庫では2015年度末で完全引退することが決定しているJR東海のキハ40系について紹介していきます。まず最初に国鉄時代から現在までのJR東海のキハ40系の歴史について紹介していきます。なお本文中に記載の車両配置区所名称・路線名称・車両番号は運用当時の名称・番号で記載してあります。また本書庫作成に当たり下記の文献を参考にさせていただきました。

 ・特集「キハ40系(1)」 鉄道ピクトリアルNo,805 電気車研究会 2008年7月発行
 ・特集「キハ40系(2)」 鉄道ピクトリアルNo,806 電気車研究会 2008年8月発行

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   <JR東海のキハ40系 -歴史編->

  1・美濃太田機関区とキハ40系

 JR東海のキハ40系の歴史は1979年にまでさかのぼる。1979年度に寒冷地向けの片運転台車としてキハ48形が登場、キハ48形のトップを切って1979年6月にトイレ付のキハ48 500番代車8両(501~508)が新製され仙台鉄道管理局小牛田機関区と秋田鉄道管理局山形機関区に4両ずつが配置された。この8両からやや遅れて1979年7月にキハ48 509~514の6両が富士重工業宇都宮製作所で竣工、1979年7月17日付で名古屋鉄道管理局美濃太田機関区に配置された。さらにやや遅れて1979年7月にトイレなしのキハ48形1500番代車19両が新製されるが、このうちキハ48 1515~1519の5両が富士重工業宇都宮製作所で竣工し1979年7月30日付で美濃太田機関区に配置、1979年秋から営業運転を開始した。
 当時の美濃太田機関区配置のローカル列車用ディーゼルカーは高山線岐阜-猪谷間と太多線・樽見線・越美南線で運用されたほか、関西線名古屋-亀山間のローカル列車の一部運用が美濃太田機関区受け持ちとされたことから関西線名古屋-亀山間で運用され、キハ20系・キハ35系を置き換えた。
 なお美濃太田機関区ではこのほか明知線を受け持っていたが、明知線では33‰の急勾配区間が介在し、キハ52形限定で車両運用が組まれたため明知線では原則としてキハ40系が営業運転に入ることはなかった。
 この後美濃太田機関区には1979年12月6日付でキハ48 524~529の6両、1979年12月17日付でキハ48 530とキハ48 1526~1529の5両、1980年2月15日付でキハ48 531・532とキハ48 1530・1531の4両がそれぞれ富士重工業宇都宮製作所で竣工、1979年12月24日付でキハ48 1523~1525の3両が新潟鐵工所大山工場で竣工、新製配置された。これら18両は側面前位寄りの縦樋が外付け式から乗務員室付近に内蔵する方式に変更されたため導入第1陣となった11両との識別点となった。
 一方キハ40形の配置はキハ48形の初配置から半年近く遅れて寒冷地仕様車のキハ40形500番代車554~558の5両が新潟鐵工所大山工場で竣工、1980年2月8日付で新製配置された。
 さらにキハ40系の増備は続き、1980年6月24日付でキハ48 541~543とキハ48 1536~1538の6両が新潟鐵工所大山工場で、1980年6月27日付でキハ40 576・577の2両が富士重工業宇都宮製作所でそれぞれ竣工、新製配置され配置総数42両となった。
 そして1981年度にもキハ40系が増備されたが、この時の増備車では寒冷地仕様車から一転して暖地向け車両が新製配置された。これによりキハ48形は寒冷地仕様を一部省略し、コイルばね台車DT22D/TR51Cを装備した新番台区分:キハ48形0番代・キハ48形1000番代車が登場、キハ48 1~3とキハ48 1001・1002の5両が富士重工業宇都宮製作所で竣工、1981年7月17日付で新製配置された。またキハ40形は暖地向け仕様車:2000番代車が初めて配置され、キハ40 2129~2131の3両が富士重工業宇都宮製作所で竣工、1981年5月30日付で新製配置された。そしてこの時の増備車8両の新製配置をもって美濃太田機関区へのキハ40系の新製配置は完了し、50両の配置で運用されることとなった。
 しかし、50両配置の体制は長くは続かなかった。1982年5月17日に関西線名古屋-亀山間が電化開業し、この日から113系電車の営業運転が開始された。そして関西線名古屋-亀山間電化開業に伴う運用減少によりキハ40 554~558の5両が捻出され長野鉄道管理局長野運転所へ管外転出、飯山線で新たな活躍を始めることとなる。
 こうして45両体制で運用された美濃太田機関区のキハ40系だが、1984年10月5日に樽見線が廃止(第3セクター鉄道:樽見鉄道へ転換)され、運用線区は高山線岐阜-猪谷間と太多線・越美南線の3線区へ縮小された。
 そして国鉄最後のダイヤ改正となった1986年11月1日実施のダイヤ改正に合わせて名古屋鉄道管理局ではローカル列車の側面行先サボを廃止、前面方向幕に行先を表示するように変更された。美濃太田機関区の受け持ち線区では越美南線が第3セクター鉄道への転換を控えていたが、例外なく前面方向幕に行先を表示することとなったため第3セクター鉄道への転換までの約1ヶ月強“北濃”“美濃白鳥”の行先方向幕を掲げたキハ40系の姿が見られた。また相前後してキハ40形・キハ48形全車の前位寄側引戸窓に取り付けられていた保護柵が撤去された。
 国鉄最後のダイヤ改正実施から間もない1986年12月10日には越美南線が廃止(第3セクター鉄道:長良川鉄道へ転換)され、美濃太田機関区のキハ40系の運用範囲は高山線岐阜-猪谷間と太多線の2線区に縮小、そのまま国鉄分割民営化を迎えることとなる。

  2・伊勢運転区とキハ40系

 一方紀勢線亀山-新宮間と参宮線・名松線を受け持っていたのが伊勢運転区である。国鉄時代伊勢運転区は天王寺鉄道管理局の所管であったが、キハ40系の配置は1979年度にキハ40形3両が配置されたのが始まりである。
 伊勢運転区のキハ40系の配置は両運転台車のキハ40形のみで、第1陣としてキハ40 2057~2059の3両が新潟鐵工所大山工場で竣工、1980年2月9日付で新製配置された。続いて1981年度にはキハ40 2133・2134の2両が富士重工業宇都宮製作所で竣工、1981年12月4日付で新製配置され紀勢線亀山-新宮間・参宮線・名松線でキハ58系・キハ35系・キハ45系と混用で運用された。
 なお伊勢運転区ではこのほか伊勢線を受け持っていたが、伊勢線はキハ30形で限定運用が組まれたため原則としてキハ40系が伊勢線で営業運転に入ることはなかった。
 キハ40形5両配置で推移していたが、1984年にキハ40 2058・2059の2両が天王寺鉄道管理局亀山運転区へ管内転出し3両配置に減少するも、1985年には奈良線電化開業を受けて天王寺鉄道管理局奈良運転所からキハ40 2111~2113の3両(新潟鐵工所大山工場で竣工、1981年4月27日付で奈良運転所に新製配置)が管内転入、さらに国鉄最後のダイヤ改正となった1986年11月1日実施のダイヤ改正時には天王寺鉄道管理局亀山運転区からキハ40 2027~2032の6両(新潟鐵工所大山工場で竣工、1979年11月13日付で亀山運転区に新製配置)とキハ47 1109・1110の2両(新潟鐵工所大山工場で竣工、1981年7月17日付で福知山機関区に新製配置、1984年度に豊岡運転区へ管内転属、1985年度に天王寺鉄道管理局亀山運転区へ管外転属)が管内転入したほか、福知山鉄道管理局福知山機関区からキハ47 3・4の2両(新潟鐵工所大山工場で竣工、1977年2月4日付で福知山機関区へ新製配置)が、福知山鉄道管理局豊岡運転区からキハ47 1027(富士重工業宇都宮製作所で竣工、1979年1月22日付で福知山機関区に新製配置)が管外転入、さらに1984年に亀山運転区へ管内転出したキハ40 2058・2059の2両が返り咲きを果たし19両配置で運用されたが、国鉄分割民営化直前の1987年3月にキハ40 2027~2029・2133・2134の5両が亀山運転区へ転出、14両配置で国鉄分割民営化を迎えることとなる。
 なお伊勢運転区は国鉄分割民営化直前の1987年3月1日付で天王寺鉄道管理局から名古屋鉄道管理局へ所管局が変更されると同時に伊勢運転所へ改称され、、所属区表記は“天イセ”から“名イセ”に変更された。

  3・JR東海発足~冷房改造車と塗装変更車の登場

 1987年4月1日、日本国有鉄道は6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社に分割され、美濃太田運転所と伊勢運転所はJR東海に承継された。そしてキハ40系は59両がJR東海へ承継され高山線・太多線・紀勢線亀山-新宮間・参宮線・名松線の5線区で運用されることとなった。
 JR東海発足から間もない1988年度には1988年3月13日実施のダイヤ改正に合わせてキハ40 2113が伊勢運転所から美濃太田運転所へ転属したほか、キハ40系で初の冷房改造車が登場した。キハ40系の冷房改造は国鉄時代末期に鹿児島鉄道管理局管内に配置された一部車両でサブエンジンクーラーを使用した冷房改造が初めて実施され、国鉄分割民営化後JR東日本承継車とJR九州承継車でサブエンジンクーラーを使用した冷房改造が本格的に開始されたが、JR東海では1988年7月に全般検査を受けた美濃太田運転所配置のキハ48 511とキハ48 1516の2両に冷房改造を実施した。
 2両ともサブエンジンクーラーを搭載する方式であるが、JR東日本・JR九州のキハ40系冷房改造車と異なる点としては暖房装置は温風暖房をそのまま使用するため床下の熱交換器は撤去せず存置しており、ブレーキ制御装置・機関用水タンク・S抑圧装置・複式逆止弁・抑圧装置の各機器を移設した上でサブエンジンクーラー本体を搭載した。
 一方車内の冷風吹き出しは2種類が用意された。キハ48 511は車内天井肩部にクーリングユニットを4基千鳥配置、キハ48 1516は車内天井中央部線路方向に冷風ダクトを配置する方式で、いずれも冷風を攪拌するため扇風機は存置された。この2種類で比較検討が行われた。
 さらに1988年11月に全般検査を実施した美濃太田運転所配置のキハ48 528では車体塗装が変更された。JR東海のキハ40系は全車朱色5号1色塗りで運用されていたが、キハ48 528ではアイボリーにオレンジとグリーンの“湘南色”の帯を入れた“JR東海色”に塗装変更されて出場、遅れて1988年12月には伊勢運転所配置のキハ40 2030がキハ40形で初めて“JR東海色”に塗装変更されたが、2両とも冷房改造は実施されず非冷房のまま出場している。

  4・伊勢運転所にキハ48形初配置される

 JR東海のキハ40系で大きな動きがあったのが1989年3月11日実施のダイヤ改正時である。1989年3月11日実施のダイヤ改正に合わせて軽快型ディーゼルカー:2代目キハ11形33両が新製され伊勢運転所に10両、美濃太田運輸区(1989年3月実施のダイヤ改正に合わせて美濃太田運転所から改称)に23両が新製配置された。そして2代目キハ11形の営業運転開始に合わせて美濃太田運輸区ではキハ40系の運用が減少し、捻出されたキハ40系11両が伊勢運転所へ転属しキハ58系の一部とキハ30形を置き換えた。そしてこの転属で伊勢運転所にキハ48形が初めて配置されることとなった。
 伊勢運転所へ転属したのはキハ48 526~530・キハ48 1523・1524・1536~1538とキハ40 2129の11両で、前年に“JR東海色”に塗装変更されたキハ48 528は塗装変更からわずか4ヶ月で転属となった。
 一方美濃太田運輸区からの転入車11両を受けた伊勢運転所では1989年3月11日のダイヤ改正で名松線の全列車が2代目キハ11形での運転となり、キハ40系の定期運用が消滅し運用範囲は紀勢線亀山-新宮間と参宮線の2線区に縮小された。

  5・冷房改造の本格開始とエンジン換装車の登場

 JR東海のキハ40系は1988年度にキハ48形2両で冷房改造が試験的に実施されたが、その結果1988年度下期からキハ47形・キハ48形を対象に冷房改造が本格的に開始された。
 冷房改造に際してはキハ48 511で採用された車内天井肩部にクーリングユニットを4基千鳥配置する方式が採用され、1989年2月に全般検査を受けたキハ48 3を皮切りに全般検査併施で冷房改造が実施され、同時に“JR東海色”への塗装変更も実施された。
 一方キハ40形は“JR東海色”への塗装変更が先行して実施されたが、伊勢運転所配置車を対象に1988年度下期から冷房改造に着手した。
 冷房改造に合わせて車両性能向上を図るべくエンジン・液体変速機の換装も実施された。エンジンは特急型ディーゼルカー:キハ85系で搭載されているカミンズ製のC-DMF14HZ(350PS/2,000rpm)に換装、併せて液体変速機は直結2段式のC-DW14Aへ換装した。
 また冷房改造についてはキハ47形・キハ48形と異なり113系・115系冷房改造車で採用されたインバータクーラー:C-AU711Dを屋根上に2基搭載、冷房用電源はエンジンに直結した充電発電機からDC600Vを得る方式とした。
 キハ40系のエンジン換装車は1989年3月にキハ40 2058が全般検査併施で冷房改造とエンジン換装が実施され、車番は元番号に3000をプラスしてキハ40 5058へ改番された。以後伊勢運転所配置のキハ40形は2030~2032・2059・2129の5両に対して冷房改造とエンジン換装が実施され、キハ40 5030~5032・5059・5129へ改番された。

  6・伊勢運輸区のキハ48形激減

 1989年3月11日実施のダイヤ改正時に美濃太田運輸区から伊勢運輸区(1990年3月に伊勢運転所から改称)へキハ48形10両とキハ40形1両が転属したのだが、翌1990年3月10日実施のダイヤ改正で再び動きがあり、キハ48形8両が美濃太田運輸区へ帰り咲いたほか、キハ40形はエンジン換装未施工の3両(キハ40 2057・2111・2112)が美濃太田運輸区へ転属、これにより伊勢運輸区のキハ48形は526・1524の2両配置に激減した。
 伊勢運輸区から美濃太田運輸区へのキハ48形の転属は高山線美濃太田以北のローカル列車におけるトイレ対策であったといわれている。1989年3月11日実施のダイヤ改正に合わせて新製投入された2代目キハ11形は近距離での運用を想定し全車トイレなしで登場した。しかし、高山線美濃太田以北のローカル列車では3時間から4時間近くローカル列車の運行がない時間帯が存在することや、岐阜-高山間で4時間近く掛けて運転される列車の中にトイレなしとなる列車も存在し、利用客から不評を買う結果となった。
 そこで高山線美濃太田以北のローカル列車については1990年3月10日実施のダイヤ改正で2代目キハ11形の運用の大半をキハ40系に置き換えることとなり、伊勢運輸区からキハ40系11両が転属、差し替えで2代目キハ11形6両(キハ11-107~112)が伊勢運輸区へ転属した。
 そしてキハ40形の冷房改造は1990年度分で1990年8月に全般検査を実施したキハ40 577を皮切りに美濃太田運輸区配置車で実施されたが、伊勢運輸区配置車と異なりエンジン換装は見送られ、サブエンジンクーラーを使用しての冷房改造が実施された。
 またJR東海のキハ40系は伊勢運輸区配置のキハ40形の一部車両で国鉄時代末期に列車無線アンテナが取り付けられたが、1990年3月10日実施のダイヤ改正時までに全車に対して列車無線アンテナの取り付けが実施された。

  7・名古屋車両区にキハ40系初配置される

 1990年3月10日実施のダイヤ改正時点では美濃太田運輸区に47両、伊勢運輸区に12両が配置されていたが、1991年3月16日実施のダイヤ改正で武豊線の朝ラッシュ時の輸送力列車にキハ40系を充当することとなり伊勢運輸区から名古屋車両区にキハ47形5両とキハ48形2両が転属、名古屋車両区に初めてキハ40系が配置されることとなった。その一方で伊勢運輸区ではキハ47形・キハ48形の配置がなくなった。
 名古屋車両区に配置されたキハ47形・キハ48形の運用は平日・土曜休日とも朝間帯のみで、編成の前後にキハ58系2連(キハ58形+キハ65形の2連を含む)を連結して6連~8連で運用されたため先頭車として運用されることはなかった。

  8・東海交通事業への貸し出しとワンマン化改造車の登場

 1991年度にはJR東海のキハ40系で初めてワンマン化改造車が登場した。最初にワンマン化改造を受けたのは美濃太田運輸区配置のキハ40 2057・2112の2両で、改造内容は乗務員室仕切戸改造・運転席背面仕切窓新設・車内確認用ルームミラー新設・自動放送装置新設・デットマン装置新設・運賃箱新設・整理券発行機新設などで、キハ40 2057は冷房改造も合わせて実施された。またトイレは使用停止とされ開戸が撤去(化粧板で塞ぐ改造を実施)されたほか、簡易ステップレス化改造も実施、車体塗装はアイボリーとオレンジのツートンカラーに変更された。
 この2両はJR東海の子会社:東海交通事業が自社の鉄道路線となる城北線勝川-尾張星の宮間9.4kmの暫定開業用として名古屋車両区へ転属した上で東海交通事業に貸し出され、1991年12月1日から城北線で営業運転を開始した。1993年3月の尾張星の宮-枇杷島間延長開業後JR東海へ返却された。
 その後1991年度下期には名古屋車両区配置のキハ48 1524と美濃太田運輸区配置のキハ48 1528の2両に対して全般検査併施でワンマン化改造が実施された。ワンマン化改造の内容は前出のキハ40 2057・2112の2両に準じているが、側面客扉付近に車外スピーカーが新設されたほか、前面ガラスは熱線入りガラスに交換され電熱式デフロスタを撤去、車内は客室とデッキとの仕切壁が撤去された。
 また1992年3月14日実施のダイヤ改正に合わせて伊勢運輸区のキハ40 5059が美濃太田運輸区に転属し、高山線・太多線で営業運転を開始した。

  9・武豊線のワンマン化とキハ40系

 武豊線では1991年3月16日実施のダイヤ改正時にキハ47形5両とキハ48形2両が朝ラッシュ時の輸送力列車で運用を開始したが、1992年10月12日から早朝・深夜の一部列車と日中の列車を対象にワンマン運転が開始された。そして武豊線のワンマン運転開始に合わせてキハ40系11両にワンマン化改造を実施した上で名古屋車両区に配置、武豊線に投入した。
 武豊線のワンマン化に際しては名古屋車両区に配置されていたキハ48 526・1524と美濃太田運輸区に配置されていたキハ48 529・531・532・541・1523・1528~1530・キハ40 5059の11両を対象にワンマン化改造を実施(うちキハ48 1524・1528の2両は1991年度下期に先行してワンマン化改造を実施)、うちキハ48形500番代車5両についてはワンマン化改造実施に合わせてエンジン・液体変速機の換装も実施され車番は元番号に3000をプラスしてキハ48 3526・3529・3531・3532・3541へ改番された。

  10・エンジン換装の本格実施と大規模改番の実施

 JR東海のキハ40系のエンジンはキハ40形6両とキハ48形5両にカミンズ製のC-DMF14HZを換装したほかはオリジナルのDMF15HSAを搭載していたが、車両性能向上と保守合理化を企図してカミンズ製エンジンへの換装を進めることとなり、1994年度下期からエンジン換装未施工となった48両全車を対象に全般検査併施でエンジン換装を実施した。
 1994年度下期以降のエンジン換装では快速“みえ”用として登場したキハ75系で搭載しているC-DMF14HZB(350PS/2,000rpm)へ換装、併せて液体変速機は直結2段式のC-DW14Aに換装した。
 またエンジン換装に合わせて車番変更が実施されたが、すでにエンジン換装された車両とは異なり元番号に5000(キハ40形2000番代車については4000)をプラスした上で下2桁は元番号の番号順に01から割り振る方式で改番が実施された。
 なおエンジン換装は1999年7月に全般検査を受けたキハ47 6001(←キハ47 1027より改番)を最後に59両全車の換装が完了した。

  11・武豊線の撤退と高山線美濃太田以北のワンマン化実施

 JR東海のキハ40系は1999年度首時点で名古屋車両区に16両、美濃太田運輸区に38両、伊勢運輸区に5両が配置されていたが、1999年12月4日実施のダイヤ改正で大きな動きがあった。
 1999年12月4日実施のダイヤ改正に合わせてキハ75系2次車28両が新製され、名古屋車両区に配置された。そして1999年12月4日実施のダイヤ改正に合わせて武豊線は全列車キハ75系での運用となり、名古屋車両区に配置されていたキハ40系16両は全車が美濃太田運輸区へ転出、併せて高山線美濃太田-高山間でワンマン運転が開始された。この転属により名古屋車両区ではキハ40系の配置がなくなった。
 高山線美濃太田-高山間のワンマン化に際しては武豊線で運用されていたキハ40系ワンマン化改造車11両が美濃太田運輸区へ転属したが11両だけでは所要車両数が不足するため1999年度にキハ40形5両とキハ48形2両を対象に追加でワンマン化改造を実施、ワンマン化改造車18両で運用されることとなった。またこれら18両は冬季における車内保温対策としてドア開閉用押しボタンを設置した電気式半自動ドア化改造も実施され、車内外にドア開閉用押しボタンが新設され、車番については新たに300をプラスし新番台区分としてキハ48形5800番代車・キハ48形6800番代車・キハ40形5800番代車・キハ40形6300番代車が登場、キハ48形3500番代車5両についてはキハ48形3800番代車へ改番された。
 また武豊線の朝ラッシュ時の輸送力列車で運用されたキハ47形5両も美濃太田運輸区へ転属し、1999年12月4日実施のダイヤ改正から高山線岐阜-飛騨金山間と太多線で営業運転を開始した。
 その一方で名古屋車両区から美濃太田運輸区へキハ40系16両が転属したのだが、押し出される形でキハ40形2両とキハ48形14両が伊勢運輸区へ転属となった。これら16両は紀勢線亀山-新宮間のローカル列車で運用されていたキハ58系の老朽取り換え用として転属したもので、キハ48形では準寒冷地仕様としたキハ48形5000番代車(←キハ48形0番代車)・キハ48形6000番代車(←キハ48形1000番台車)5両中4両が伊勢運輸区へ転じたほか、キハ48形5500番代(←キハ48形500番代車)・キハ48形6500番代車(←キハ48形1500番代車)の初期ロット車11両中5両も伊勢運輸区へ転属した。
 その後2001年3月3日から紀勢線多気-新宮間でワンマン運転が開始されることとなり、2000年度に伊勢運輸区配置のキハ40系9両を対象にワンマン改造を実施したほか、2003年10月1日実施のダイヤ改正から高山線高山-猪谷間でワンマン運転を開始されることとなり、2002年度と2003年度にも追加でワンマン化改造を実施したため最終的にキハ40形14両中8両とキハ48形40両中31両がワンマン対応車となった。また同時期にキハ47形・キハ48形では車両の向きが統一され、東海道線内基準でトイレ付車は米原方、トイレなし車は豊橋方にそれぞれ統一されたほか、伊勢運輸区配置のキハ40形では全車方向転換が実施された。
 なお美濃太田運輸区・伊勢運輸区ともに2001年4月1日付で乗務員部門と車両配置・車両検修部門が分離され美濃太田車両区・伊勢車両区に名称変更された。

  12・長期運用離脱車発生

 JR東海のキハ40系は59両全車が一日も休むことなく高山線・太多線・紀勢線亀山-新宮間・参宮線で運用されていたが、2004年に思わぬアクシデントで2両が長期運用離脱に追い込まれた。
 2004年10月22日、2004年台風23号が日本列島を縦断した。そして2004年台風23号による大雨によって高山線では高山-猪谷間で線路路盤流失や橋梁流失など甚大な被害を受けた。その後復旧工事が進められ高山-飛騨古川間は2004年11月18日に、飛騨古川-角川間は2005年10月1日にそれぞれ復旧、運行が再開された。
 しかし、角川-猪谷間の被害は甚大で、最終的に2007年9月8日に運行再開となるまで約2年間運休となった。そして、この2004年台風23号による大雨の影響による線路路盤流失・橋梁流失の影響でキハ48 5803とキハ48 6810の2両が打保駅で運転抑止となり、身動きが取れなくなった。
 この2両は大雨の影響で打保駅で運転抑止が掛かりそのまま停車していたが、前後の区間で線路路盤流失・橋梁流失の被害を受けたため身動きが取れなくなった。
 その後この2両は分割され富山方と岐阜方にあるスノーシェッドに収容され復旧の時を待つこととなった。
 そして角川-猪谷間の線路設備の復旧完了を受けて2007年2月9日に搬出された。ただ、2両とも全般検査期限切れとなったため角川駅北方までは自力走行で回送、角川駅北方からはディーゼル機関車牽引で高山まで回送、2007年2月15日から16日にかけて名古屋工場へ回送され全般検査を受け復帰した。
 なおこの2両は全般検査出場と同時に伊勢車両区へ転属となったが、2007年8月には美濃太田車両区へ転属となり、差し替えで美濃太田車両区からキハ48 5303とキハ48 6805の2両が伊勢車両区へ転属した。

  13・ツートンカラー車の登場

 2011年に入ってからJR東海のキハ40系でツートンカラーに塗装変更された車両が登場した。2011年は7月21日に参宮線全線開通から100周年の節目を、また10月25日には高山線全線開通から77周年の節目をそれぞれ迎え、参宮線全線開通100周年記念のイベント列車と高山線全線開通77周年記念のイベント列車に充当するため全般検査併施でツートンカラーへ塗装変更された。
 ここでいう“ツートンカラー”はクリーム色5号と朱色5号との塗り分けのことで、旧国鉄一般型気動車標準色としてキハ20系・キハ35系・キハ45系で採用されたものであったが、キハ40系は全車朱色5号1色塗りで登場したためツートンカラー車は存在していなかった。ただし、キハ40系類似の車体を持つ郵便荷物ディーゼルカー:キユニ28形の初期車6両:キユニ28 1~6はツートンカラーで登場しており、キユニ28 1~6の再来を思い起こさせることとなった。
 ツートンカラー車は美濃太田車両区のキハ48 3812が2011年4月に全般検査を受けた際にツートンカラーに変更されたのを皮切りに2011年6月には美濃太田車両区のキハ48 6812・キハ40 6309の2両と伊勢車両区のキハ40 3005の3両が、2011年12月には伊勢車両区のキハ48 6502がそれぞれ全般検査に合わせてツートンカラーに塗装変更された。
 これら5両はJR東海色のキハ40系とペアを組んで高山線・太多線・紀勢線亀山-新宮間・参宮線で運用されたほか、時には“ツートンコンビ”を組んで定期列車やイベント列車に充当されることもあった。

  14・終焉の時を迎える

 こうしてJR東海のキハ40系は59両全車が一日も休むことなく運用され、また2014年8月17日には美濃太田車両区のツートンカラー車3両が伊勢車両区へ貸出された上で伊勢車両区のツートンカラー車2両とペアを組み最初で最後となるツートンカラー車5連で運転、2014年10月25日に高山線全線開通80周年を迎え関連イベントの一環として2014年度秋季の特定日にキハ40系”トリプルツートン”も運転されたが、遂に終焉の時を迎えることとなった。
 JR東海は2013年3月14日付プレスリリースにおいて、2010年度に新製投入した2代目キハ25系1次車をベースに新たな機能・設備を追加した2代目キハ25系2次車52両を新製投入し、キハ40系を置き換えて更なる安全性の向上とサービスの向上を図ることを発表した。
 そしてキハ40系の老朽取り換え用となる2代目キハ25系2次車の第1陣となる2代目キハ25形1000番代車+1100番代車2連6ユニット12両が2014年9月と11月の2回に分けて日本車輛製造豊川製作所で竣工、美濃太田車両区に配置され乗務員訓練を経て2014年12月1日からキハ48形2連ワンマン対応車5運用とキハ47形2連1運用を置き換える形で営業運転を開始した。
 2代目キハ25系2次車の営業運転開始に伴い美濃太田車両区ではキハ40系の運用が6運用減となり、キハ40系6両が捻出された。捻出された6両のうちキハ48 6809と“ツートンカラー”車の1両であったキハ48 3812の2両は検査回帰に余裕があったため2014年12月初旬に伊勢車両区へ転属となった。また全般検査期限切れ間近となったキハ48 6806・6807・6811とキハ40 6304の4両が廃車解体のため2014年12月8日に東海道線西浜松へ廃車回送されたほか、キハ48 3812とキハ48 6809の2両の転入を受けた伊勢車両区では玉突きでキハ48 5303とキハ48 6805の2両が捻出され、2014年12月中旬に廃車解体のため東海道線西浜松へ回送された。
 年が明けた2015年3月14日実施のダイヤ改正では美濃太田車両区のキハ40系の運用が大幅に削減された。美濃太田車両区キハ40系の運用は2014年12月1日時点でキハ47形2連2運用、キハ48形2連ワンマン対応車5運用、キハ48形2連非ワンマン車2運用、キハ40形4運用で構成されていたが、2015年3月14日実施のダイヤ改正に先駆けて2015年3月1日に電化開業した武豊線で運用されていたキハ75系24両と2代目キハ25系1次車10両が美濃太田車両区へ転属、うちキハ75系24両がダイヤ改正から営業運転を開始したことと2代目キハ25系2次車2編成の追加投入もありキハ48形2連非ワンマン車+キハ40形の併結3連2運用とキハ40系2連ワンマン対応車5運用に縮小され、太多線での定期運用と高山線におけるキハ40形の単行運用が消滅した。また5両のみの在籍であったキハ47形は今回のダイヤ改正で定期運用が消滅した。
 ここでキハ40系は12両が捻出されたが、検査回帰に余裕のあるキハ48 3809と高山線打保駅で長期留置となり2007年2月に復帰したキハ48 6810の2両が2015年3月中旬に伊勢車両区へ転属したほかはすべて廃車となり、ミャンマー鉄道省へ譲渡された。そしてこの廃車発生でJR東海からキハ47形が形式消滅となった。
 またキハ48 3809とキハ48 6810の2両を受けた伊勢車両区では玉突きでキハ48 5805とキハ48 6803の2両が捻出され、ミャンマー鉄道省へ譲渡された。
 美濃太田車両区のキハ40系は18両配置16両使用で最後の活躍を続けてきたが、2015年3月14日実施のダイヤ改正後進められてきたキハ75系24両の寒冷地仕様への改造と2代目キハ25系1次車10両を対象に進められてきたドアステップ本設化改造工事が2015年6月下旬に全て完了した。これで美濃太田車両区のキハ40系は2015年6月30日の1731Dをもって営業運転を終了、国鉄時代から36年にわたる活躍に終止符が打たれた。
 美濃太田車両区のキハ40系18両のうち検査回帰に余裕があったキハ40 5501・キハ48 6501・キハ48 6812の3両については2015年7月4日から5日にかけて伊勢車両区へ転属となったほか2015年7月末までにすべて廃車となりミャンマー鉄道省へ譲渡された。また伊勢車両区へ転属した3両の玉突きでキハ40 3005・キハ48 6001・キハ48 6814の3両が2015年7月初旬で運用離脱、2015年8月1日付で廃車となりミャンマー鉄道省へ譲渡された。これでキハ40形のツートンカラー車は2両揃って運用離脱、引退となったが、2015年7月13日にはキハ40 3005の最終運用となった908C(伊勢市6:28発→亀山8:17着/多気→亀山間908Dとして運転)~921D(亀山8:23発→伊勢市10:01着)の1往復でキハ48 3812・キハ48 6812と“ツートントリオ”を組んで運転、伊勢車両区のキハ40系では最初で最後の“ツートントリオ”で運転された。
 JR東海キハ40系最後の砦となった伊勢車両区のキハ40系は紀勢線亀山-新宮間と参宮線で運用しているが、2015年5月から紀勢線・参宮線向け2代目キハ25系2次車の新製投入が開始され2015年8月1日から営業運転を開始、段階的に置き換えが進められ2016年3月に実施が予定されるダイヤ改正時に完全引退することが決定している。

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 JR東海のキハ40系の完全引退はJR東海から211系0番代車を除く国鉄形車両が完全に消滅することを意味するものとなった。次記事からはJR東海のキハ40系に施工された各種改造工事の概要と全16種類が存在した形式・番台区分について紹介していくこととする。


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