こん**は。当ブログでは2016年春に完全引退するJR東海のキハ40系について別書庫を立ち上げて紹介してきましたが、完全引退まで残すところ1ヶ月となり最後の活躍を続けるJR東海伊勢車両区のキハ40系の現況について2回に分けて紹介しています。最終回は在籍車両編です。
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<JR東海伊勢車両区のキハ40系の概要>
JR東海のキハ40系で最後の砦となった伊勢車両区には2015年12月1日時点でキハ48形11両とキハ40形1両の計12両が配置されていた。これら12両はいずれも高山線・太多線のローカル列車用として名古屋鉄道管理局美濃太田機関区(当時)に新製配置されたもので、1999年から段階的に伊勢車両区へ転属し紀勢線亀山-新宮間と参宮線で活躍を続けてきた仲間たちである。
車両面で共通して言えるのは12両全車で冷房改造を実施していることとエンジン・液体変速機の換装を実施していること、そしてワンマン化改造を実施していることが挙げられる。
冷房改造は1989年度から全般検査併施にてサブエンジンクーラーを搭載する方式で実施され、車内天井肩部に冷風吹き出し用クーリングユニットを4基千鳥配置していた。
エンジン・液体変速機の換装は1991年度から全般検査併施で実施され、エンジンはカミンズ製C-DMF14HZ/C-DMF14HZBへ、液体変速機は変速1段・直結2段式のC-DW14Aへそれぞれ換装していた。
そしてワンマン化改造は1992年度から段階的に実施されたもので、キハ48形では客室と出入台の仕切壁が撤去されたほか、前面ガラスの交換(熱線入りガラスへ交換)と電熱式デフロスタの撤去と車外スピーカーの新設が実施されたほか、冬期における車内保温対策として電気式半自動ドア化が実施されたためドア開閉用押しボタンが新設された。
外観上ではエンジン換装で不要となった1-3位側の駆動機関用吸気口と1-3位側/2-4位側の給水口、2-4位側の温風暖房用通気口が撤去された点と車外スピーカーとドア開閉用押しボタンがそれぞれ新設された点を除けばほぼ原形を保っている。
車内は冷風吹き出し用クーリングユニットを4基千鳥配置していることとワンマン化改造を実施したため運転席背面に仕切窓を新設していること、キハ48形では客室と出入台の仕切り壁を撤去していることを除けば国鉄時代の面影を色濃く残している。
なお車内の形式車号プレートはアクリル製のプレートを取り付ける方式としていたが、2015年7月下旬になって全車一斉にステッカー貼り付け方式へ変更された。これは一部の心なき鉄道マニアによる盗難防止対策として取られたものとみられ、非常に残念なことである。
伊勢車両区のキハ48形ワンマン対応車は連結相手が決まっており事実上固定編成として2015年3月14日実施のダイヤ改正時点では下記の編成で運用されていた。
・キハ48 5302+キハ48 6804
・キハ48 5802+キハ48 6814
・キハ48 3809+キハ48 6302
・キハ48 3812+キハ48 6809
・キハ48 5807+キハ48 6810
・キハ48 5817+キハ48 6816
※赤字は旧国鉄一般型気動車標準色風塗装車
その後2015年7月に美濃太田からキハ48 6812が転入、キハ48 3812とペアを組んで“ツートンコンビ”が復活し、連結相手を失ったキハ48 6809はキハ48 5802とペアを組んで使用されるようになった(編成から外れたキハ48 6814は2015年7月31日付で廃車となりミャンマー鉄道省へ譲渡)。さらに2015年11月下旬にはキハ48 5302+キハ48 6804・キハ48 5802+キハ48 6809・キハ48 3809+キハ48 6302の3編成の間で編成組換が実施され、キハ48 5302+キハ48 6302・キハ48 5802+キハ48 6804・キハ48 3809+キハ48 6809にそれぞれ組み替えられたほか、キハ48 5817+キハ48 6816についてはキハ48 6816が予備車であったキハ40 6311に差し替えられた(差し替えられたキハ48 6816は2015年12月4日付で廃車となりミャンマー鉄道省へ譲渡)。
<伊勢車両区のキハ40系 ラスト12両>
それではここで伊勢車両区に最後まで残ったキハ40系12両について紹介していきたい。2015年12月1日時点での配置は前述したとおりキハ48形11両とキハ40形1両で、これらで2連6編成を組成して運用されていた。
伊勢車両区のキハ40系といえば旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更されたキハ48 3812とキハ48 6812の“ツートンコンビ”が注目されがちだが、“JR東海色”を纏う10両の中にも注目すべき車両が存在した。
そこで最後に残った12両をユニット別に紹介していきたい。
・キハ48 5302+キハ48 6302
2016年1月17日 参宮線伊勢市/2016年1月17日 紀勢線松阪
キハ48形では少数派だった準寒冷地仕様車:キハ48形0番代車/1000番代車の数少ない残存車で、元番号はキハ48 2+キハ48 1002.。キハ48 2は1997年6月に、キハ48 1002は1997年4月にそれぞれ全般検査併施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 5002/6002へ改番、その後2両とも紀勢線・参宮線のローカル列車用として運用されていたキハ58系の老朽取り換え用として1999年12月4日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属、伊勢転属後の2000年2月に2両揃ってワンマン化改造を実施して現車号へ再改番された遍歴を持つ。
2015年11月下旬になってから編成組換が実施され、準寒冷地仕様車同士でユニットを組む。当ユニットの特徴としては台車がコイルばね式のDT22D/TR51Cを履いていることが特徴。またキハ48 6302は後天的改造で側引戸戸袋部の点検蓋が大型タイプのものに変更されていた。
なお前位寄客扉窓の保護柵取付用台座は2両とも伊勢転属後の2001年ごろに撤去された。
・キハ48 5802+キハ48 6804
↑キハ48 5802+キハ48 6804近影
2016年1月30日 紀勢線松阪/2016年1月30日 参宮線伊勢市
美濃太田機関区に新製配置されたキハ48形寒冷地仕様車第1陣として1979年7月に新製配置された11両のうちの最後の2両で、元番号はキハ48 510+キハ48 1518。キハ48 510は1998年10月に、キハ48 1518は1995年7月にそれぞれ全般検査併施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 5502/6504へ改番、その後2両とも紀勢線・参宮線のローカル列車用として運用されていたキハ58系の老朽取り換え用として1999年12月4日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属、伊勢転属後の2000年8月にキハ48 5502が、2000年2月にキハ48 6504がそれぞれワンマン化改造を実施して現車号へ再改番された遍歴を持つ。
2015年11月下旬になってから編成組換が実施され、寒冷地仕様車の初期ロット車同士でユニットを組む。
当ユニットの特徴としては前位寄りの雨樋(縦樋)が外付けとなる点が挙げられる。ただし新製当初は戸袋部に縦樋が外付けされていたが、JR東海に承継された寒冷地仕様車の初期ロット車11両については国鉄時代末期に実施された全般検査時に第1窓・第2窓の窓柱間に縦樋を移設する改造を受けており、JR東日本に承継されたキハ48 501~508/1501~1514との識別点となった。
なお前位寄客扉窓の保護柵取付用台座は2両とも伊勢転属後の2001年ごろに撤去された。
・キハ48 5807+キハ48 6810
2016年1月31日 参宮線伊勢市/2016年1月31日 伊勢車両区(伊勢市駅3番線ホームより撮影)
↑キハ48 6810の車号表記プレート 車号表記プレートの下には高山線復帰車両プレートが取り付けられていたが2015年7月下旬に撤去され、車号表記はステッカー貼り付けに変更された。
2015年7月20日 紀勢線多気
美濃太田機関区に新製配置されたキハ48形寒冷地仕様車第2陣として1979年12月に新製配置された14両のうちの2両で、元番号はキハ48 524+キハ48 1527。キハ48 524は1997年2月に、キハ48 1527は1996年10月にそれぞれ全般検査併施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 5507/6510へ改番、その後キハ48 5507は紀勢線・参宮線のローカル列車用として運用されていたキハ58系の老朽取り換え用として1999年12月4日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属、伊勢転属後の2000年2月にワンマン化改造を実施して現車号へ再改番された遍歴を持つ。
一方のキハ48 6510は高山線美濃太田-高山間のワンマン化実施に際して1999年12月にワンマン化改造を実施して現車号へ再改番され、長らく美濃太田配置で高山線・太多線で運用されていたが、2004年10月20日に日本列島を縦断した2004年台風23号による大雨の影響で高山線高山-猪谷間で線路路盤流失・橋梁流失の甚大な被害を受け、当車は当時ペアを組んていたキハ48 5803(旧番:キハ48 511→キハ48 5503)とともに高山線打保駅で身動きが取れなくなり、2007年2月9日に打保駅から搬出されるまで約2年半長期運用離脱した経歴があった。
その後2007年2月に全般検査を受けて運用復帰するとともに伊勢へ転属したが、伊勢での実働期間はわずか半年足らずで2007年9月に美濃太田へ転出、そして2015年3月14日実施のダイヤ改正時に美濃太田から再転入し8年ぶりに“古巣帰り”を果たした。
キハ48 6810は2015年3月の伊勢転属後も車内に“高山線復帰車両”のプレートが残されていたが、2015年7月中旬に撤去された。
なお前位寄客扉窓の保護柵取付用台座はキハ48 6810のみ存置されていた。
・キハ48 3809+キハ48 6809
先に紹介したキハ48 5807+キハ48 6810のユニットともに美濃太田機関区に新製配置されたキハ48形寒冷地仕様車第2陣として1979年12月に新製配置された14両のうちの2両で、元番号はキハ48 526+キハ48 1526。キハ48 526はJR発足後の1989年3月11日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属したが、伊勢での実働期間は2年足らずで1991年3月16日実施のダイヤ改正時に名古屋へ転属し武豊線で運用、その後武豊線のワンマン運転開始に際して1992年7月に全般検査併施でワンマン化改造を実施、同時にエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 3526へ改番、引き続き武豊線で運用された。
その後1999年12月4日実施のダイヤ改正時に名古屋から美濃太田へ転属、この時に戸閉回路の再変更と押しボタン式半自動ドア化を実施、現車号へ再改番された遍歴を持つ。そして2015年3月14日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属し、24年ぶりに“古巣帰り”を果たした。
一方キハ48 1526は1998年12月に全般検査実施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 6509へ改番、さらに2003年9月に全般検査併施でワンマン化改造を実施して現車号へ再改番され高山線・太多線で運用、2014年12月初旬に美濃太田から伊勢へ転属した遍歴を持つ。
当ユニットの特徴としては搭載エンジンの相違が挙げられる。キハ48 3809はJR東海のキハ40系で初期にエンジン換装が実施されており、キハ85系で搭載されるC-DMF14HZを搭載するのに対し、キハ48 6809は後期にエンジン換装が実施されたためキハ75系で搭載されるC-DMF14HZBを搭載する。またキハ48 3809は1-3位側側面腰板部に縦長の点検蓋を装備するほか、タブレットキャッチャー取付用ボルトが撤去されている。
なお前位寄客扉窓の保護柵取付用台座は2両とも存置されていた。
・キハ48 3812+キハ48 6812
伊勢車両区配置のキハ40系でもっとも注目を集めるのが当ユニットである。当ユニットは2011年に全般検査併施で旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更され、キハ48 6812が伊勢に転入後の2015年7月中旬から“ツートンコンビ”で運用されていた。
この2両も美濃太田機関区に新製配置されたキハ48形寒冷地仕様車第2陣として1979年12月に新製配置された14両のうちの2両で、元番号はキハ48 529+キハ48 1529。キハ48 529はJR発足後の1989年3月11日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属したものの実働期間わずか1年で1990年3月10日実施のダイヤ改正時に美濃太田へ再転属、さらに武豊線のワンマン運転開始に際して1992年3月に全般検査併施でワンマン化改造とエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 3529へ改番、同時に名古屋へ転属し武豊線で運用された。
その後1999年12月4日実施のダイヤ改正時に名古屋から美濃太田へ転属、この時に戸閉回路の再変更と押しボタン式半自動ドア化を実施し現車号へ再改番、さらに2011年4月には全般検査併施で旧国鉄一般型気動車標準色風塗装に変更された遍歴を持つ。
旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更後も引き続き高山線・太多線で運用されたが2014年12月初旬に美濃太田から伊勢へ転属し、24年ぶりに“古巣帰り”を果たした。
一方のキハ48 1529は武豊線のワンマン運転開始に際して1992年に全般検査併施でワンマン化改造を実施した上で名古屋へ転属、1996年8月にエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 6512へ改番、引き続き武豊線で運用された。
その後1999年12月4日実施のダイヤ改正時に名古屋から美濃太田へ転属、この時に戸閉回路の再変更と押しボタン式半自動ドア化を実施し現車号へ再改番、さらに2011年6月には全般検査併施で旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更された遍歴を持つ。
旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更後も引き続き高山線・太多線で運用されたが2015年7月初旬に伊勢車両区へ転属、同時にユニット替えが行われこの2両で“ツートンコンビ”が組まれた。
旧国鉄一般型気動車標準色風塗装へ変更されている点を除くと形態的にはキハ48 3809+キハ48 6809のユニットに似通っており、エンジンはキハ48 3809がC-DMF14HZを、キハ48 6812はC-DMF14HZBをそれぞれ搭載している。
なお前位寄客扉窓の保護柵取付用台座は2両とも存置されているほか、2両ともタブレットキャッチャー取り付け用ボルトが撤去されていた。
またキハ48 6812は美濃太田配置末期に車内全客席の座席番号プレートがステッカー式に変更されていた。
・キハ48 5817+キハ40 6311
JR東海のキハ40形で最後の1両となったキハ40 6311を含む変則コンビで、元番号はキハ48 542+キハ40 2130。キハ48 542は美濃太田機関区に新製配置されたキハ48形寒冷地仕様車の最終ロットとして1980年6月に新製配置された6両のうちの最後の1両で、JR東海のキハ40系で新潟鐵工所製の最後の1両でもある。キハ48 542は1995年11月に全般検査併施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ48 5517へ改番、その後紀勢線・参宮線のローカル列車用として運用されていたキハ58系の老朽取り換え用として1999年12月4日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属、伊勢転属後の2000年3月にワンマン化改造を実施した遍歴を持つ。
一方キハ40 2130は美濃太田機関区に新製配置されたキハ40系の最終投入ロットとして1981年に新製配置された8両のうちの1両で、1989年には一時伊勢に貸出されていた時期があったが終始美濃太田配置で運用、1995年12月に全般検査併施でエンジン・液体変速機の換装を実施してキハ40 6011へ改番、その後高山線美濃太田-高山間のワンマン運転開始に際して1999年12月にワンマン化改造を実施して現車号へ再改番、さらに2000年3月11日実施のダイヤ改正時に美濃太田から伊勢へ転属した遍歴を持つ。
キハ40 6311はワンマン化改造に合わせて1-3位側のジャンパ連結器がKE53形2基からKE93形1基に取り換えられ、1位側前面にはKE93形栓納めが追設されたが、2015年12月に編成組換が実施され、連結相手を失ったキハ48 5817とコンビを組むこととなったため1位側前面を先頭にした走行シーンは見られなくなった。
なお前位寄客扉窓(キハ40形は全部の客扉窓)の保護柵取付用台座は2両とも伊勢転入後の2001年ごろに撤去された。また、キハ40 6311は前位寄り・後位寄りともに前面方向幕左脇に棒状の列車無線アンテナを差し込むための台座が装備されていたが伊勢転属後の2001年に撤去され、列車無線アンテナ配線引き込み用の穴だけが残されていた。
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2回に分けてJR東海伊勢車両区のキハ40系の現況について紹介しました。伊勢車両区のキハ40系に残された時間は後1ヶ月となりましたが、2016年1月で紀勢線・参宮線向け2代目キハ25系2次車36両が出揃ったこともあり、キハ40系の5運用については2016年3月26日実施のダイヤ改正を待たずして2016年2月29日で完全置き換えを実施する可能性もあり予断を許さない状況にあります。最近ではキハ40系や2016年3月26日実施のダイヤ改正で紀勢線・参宮線の定期運用が消滅する2代目キハ11形の撮影目的で紀勢線・参宮線を訪問するファンも増えつつありますが、くれぐれもマナーを守っての撮影・乗車を心がけ、ラスト12両の完全引退の時まで気持ちよく見届けていただくことを願って本記事の結びとします。